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「裏庭」 梨木香歩 


なんだか宮澤賢治みたいだなぁと思います。
世界観が独特で、おとぎ話のように見えて、それにしてはどろっともしている。
賢治よりももっと具体的で、だけど他の本よりもずっと抽象的。
読んでいて思ったのは、人の傷って存外分かっていない事が多くて、それと向き合う、対峙する、しまいこむ、受け入れる、置いてけぼりにする、新たに刻みこむ……色々な形に変化するのだなぁ…と。
これまで生きた中で巡っていた思いを改めて思い起こさせる作品でした。
でも確かに、それがあって初めて自分自身になっていくのかもしれませぬ。

それにしても、「輪廻転生」とか「生の意味」とか、ファンタジーにしてはすごく魂の源というような深い部分を忍ばせてあるような感じがしますね。
テルミィが剣を振り下ろし、それを起こしてしまった、あの、衝動。
それから首の紐……くびったのではないか、という思い、妄想……なんだかすごく分かります。
自分で自分をコントロールできないほどの衝動と、そしてそれによってもたらされる自分の頭の中いっぱい、体中を満たしそうなほどの妄想は…自分で自分が恐くなってしまうようなもので。
ああ、何故こんなにも恐いものが一瞬にして自分を支配してしまうのだろう、と。
それが頭の中、実際は(表面的には)まるきり何も怒っていないように見えるのに、小さな爆発を起こしている内面。
テレビで放映される事件の数々は恐ろしいものばかりだけれど、その中のいくつかには、この爆発がコントロールできなくなった時、こういうことが起きてしまうのだろうか…と、自制するものも確かにあって。
テルミィが、衝動から力尽きた時にわきあがった綾ちゃんへの気持ちは、きっと私はまだ辿りついたことのない、辿りつくかどうかも分からない”本当”の「友達」なのだなと思って、ちょっと辛くなりました。

それと、繰り返し目に付いた「役に立つ」。
子どもは、どうして親に必死にすがりついて、「役に立って」居場所を得ようとするのかなぁ……と。
親元にいる時は無論のこと、離れていてさえ、尚。尚。
自然と、そうしてすがってしまう。
当たり前だよ、と自分でたしなめる部分もあるけれども、何だか歯がゆくなってしまうところが強すぎて。
結局はそこから抜け出せなくて、もういい大人になっているにも関わらずその鎖にもがいている状況があまりに身近にありすぎて、とても痛かったです。
そして、そういう状況と、そうでない状況、そうした違いは確かにあって、決して分かりえる物でもなく、だけど、そういう状況というのは……案外多いものでもあるわけで。
いつかどこかで聞いた「『家庭』はひとつの『小さな宇宙』。家庭の数だけ宇宙が存在する」という言葉。
完全に交じり合うことは決してない、それぞれの物差し、視点、背景、感受性とトラウマ。
そういうことを考えると、今見えるひとつひとつのことも、例えばテレビで知る事件さえも、結局はそれを自分の宇宙の中に取り込んで見えた偏ったひとつに過ぎないんだろうなぁ。
それをいつだって自覚していないと、とことん偏ってしまいそうで怖いなぁ……と。

……1995年の第1回ファンタジー大賞受賞作、だったんですね。
ファンタジーにしてはあんまりに深すぎて、色々物思いにふけった一冊でした。
あ、それと。すごくどうでもいい話だけども、やっぱりゴシック体は読みづらくて苦手。
物語は明朝体がいいなぁ。
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『裏庭』 梨木香歩

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