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「ALWAYS 続・三丁目の夕日」 監督/山崎貴 


1では茶川竜之介と淳之介が中心でしたが、今回は登場人物それぞれにバランスよくスポットが当てられていて、こちらの方が好きかな。
戦後日本復興の高度成長期に向けての活気、復興の準備からいよいよ着手の勢いが伝わってくるような空気感がありつつ、そこに垣間見える戦争の傷跡。
特に鈴木オートの則文さんがかつての戦友と再会するエピソードはただ涙が出るというよりは、ぐっと胸の奥にのしかかるような重たさを感じる悲しみでした。
一体どれくらいの人が、こうした重たさを抱えてきたのでしょうね。
それはもう想像する事でしか思い浮かべられないけれど、でも、改めてそうした悲しみを思い浮かべる事っていうのは、これから大事に鳴っていくんじゃないかなぁとも思うのです。

多分、時代の移り変わりって言うのはテレビや冷蔵庫、洗濯機など画期的な発明品の普及という分かりやすい形の後ろで、さりげない見えづらさでたくさんのものが変わっているのではないかなぁと思うのですよ。
それを特に感じたのはかつての氷屋さんがアイス売りに職を変えていたシーン。
だけどその中でも笑いの中に確かに感じる人のあったかみが伝わるなぁと感じるのも、この時代だなぁ。
茶川竜之介の作品を皆がぎゅっと握り締めながら語った感想、率直な思いが、朴訥で無骨で不器用なのにすごくその相手を思っていることが伝わってくるメッセージで……人に対する思いが真っ直ぐに向けられてるなぁと羨ましく感じたりもして。

この作品で感じた勢い・活気はタイやカンボジアに旅行へ行った時に感じたものとよく似ています。
あっちにね、旅した時に「ああ、経済はまだまだこれからなのに、この国は何てエネルギーがあるんだろう」と強く感じたのですよ。
そして日本へ帰国した時に感じた無力感、虚無感。
実益も娯楽も多々揃っていながら、この全体的に漂う疲労感と空しさは何なんだ、と。
強く思ってしまったのですよ。というか、今も。
ここまで来るまでの日本は必死にただただ真っ直ぐに突き進むエネルギーがあって来たんでないかな、だけどほぼたどり着いてしまった今、ただ進むばかりだった時代、時代に置いてけぼりにしたものがたくさんありすぎて、迷子になってしまっているんでないかな、と。
無責任でも身勝手でも、感じてしまうんですよね……。
その置いてけぼりにしたものを、こういう作品を見ると垣間見ているような気になるのですよ。
それはただ感傷に浸るんで無くて、改めて何だったんだろうなって考えてみる方が前向きでないかしら。
という意味でも、こういう作品はたくさん見たいし、もっともっと出てきてほしいなぁと思うのです。
戦争の体験も、きっとこれからどんどん希薄になってしまうから。
なんて、つらつらと考えてしまった作品でした。
相変わらず、長い!(笑)
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