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「犬と私の10の約束」 監督/本木克英 

原作は読みましたが、そのままの雰囲気でしたね~。
ただ一つ違うかなと思ったのは、父親役の豊川悦司さん。
私のイメージだともっと外見からお堅くて、融通きかない不器用な感じが強かったです。
その方が、大学病院を辞めてからの生き方が映えるかなと思うし。
豊川さんだと最初からちょっとざっくばらんすぎたかなぁ。
でも、それはそれでとてもいい味が出ていたので、無問題。

犬と生きるって、難しいなぁと思います。
最近、犬のトレーナーをやっている人の本を読んでから、犬の飼い方……というか、一緒に暮らすことについて考えを改める部分があったので。
その方は、犬は屋外でなく屋内で飼う方が断然いいという考えで、それは読んでいてすごく納得できることでした。
でも、どこかで昔からの考え方で、犬は人と切り離して考えるもの、屋外で飼うもの、と思う部分もあって。
どっちが正しい、ということではないと思うんだけど……。
だけど、どっちの道を選んでも、やっぱり犬の気持ちを推し量って生きるのは難しいだろうなという事。
なんのかんので、言葉が話せない分、話せる側の人間の都合が先行されてしまうんだろうなぁと思って。
ただ、それに従うしかない彼らの、それでも真っ直ぐな視線を見ると、切なくなってしまいます。
犬はとてもとてもとても大好きだけど、やっぱり難しいなぁ……。
ただ、「犬の十戒」は、そうして犬と暮らす、あるいは猫と暮らすということに対して、どうも無頓着・無神経に過ぎる方(少なからずいると思うのですが)に少しの考える「材料」になるんでは……と。
いや、なってほしいな、とつくづく思いました。

…最後に、ジローの四角頭は最っ高!!

【出演】
田中麗奈 加瀬亮 福田麻由子
池脇千鶴 ピエール瀧 笹野高史
高島礼子 豊川悦司

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「魔法にかけられて」 監督/ケヴィン・リマ 

大人も楽しめるファンタジーってことでいいでしょうか?
何かちょっとこっぱずかしくなる部分もありつつも、ディズニーランドに行ったらパレードやショーなど喜び勇んではしゃいでしまうたちなんで、ほとんど抵抗なく楽しんでしまいました!
パレードなどでもそうなんですが、ディズニーキャラを演じる方々は、仕草一つにも夢を壊さないよう気遣ってらっしゃいますね。
この映画でもやっぱりそうで……衣装や画面効果でももちろんファンタジーを感じたのですが、それに相乗してそうした仕草ひとつにも気を配ると、もうとことん入っていけるなぁ、と。
エイミーさんは、実は結構歳がいっているらしいですね。
時折、アップシーン(特に冒頭のぼろぼろの所など)では「あれ?」と感じる所もあったといえばあったのですが、一番要なのは「なりきり」なのでないかな、と。
一瞬の違和感すらも補って余りあるなりきりぶりは、見ていてスコーンと抜けていってしまいますよ。違和感。
アニメから現実にやってきたキャラクターのうち、一人も「えー、全然違うじゃーん」と思わせないのは、もうさすがとしか。

あとリスのピップは、特に最高です♪
シマリス大好きなもので、どちらかというとアニメよりもCGのピップが最高っ!
もう出てくる間は喜び通り過ぎて悶えるほどに……なんて。
頬とか指先でうりうりしたい。
でも、彼の扱いはなかなか酷いと思うような、なんというか。

あと、基本的にディズニーは子どもの物だと思うのですが、今回の映画はちょっと子どもが見るには濃厚なキスシーンがありましたね。
あまり気にしていなかったのですが、映画中、小学生くらいの女の子の声で「こういうとこ、あまり見ない方がいいよね」「うん」とか、ひそひそ聞こえたもので。
ふと考えてみたら、自分も小学生くらいの頃はテレビの映画でいきなり濃厚なキスシーンとか始まるとドギマギしてプチ挙動不審になった覚えもあり、確かになぁと納得したのでした。
あとファンタジーにしては、ここまでいくか…っ、と思ったのは、現代ニューヨークでお姫様に手を貸してくれる動物……いや、生物。
バスタブのお掃除シーンではね、えー。…一瞬、……ホラーかと。
しかし、ためらいもなく救いの手を差し伸べるジゼルには、本物の姫魂を見た!
か、かえって、よりお姫様らしかった!
でも、そういう細かなことは置いておいても、現代でファンタジーをためらいなく繰り広げてくれるものは大好きです!
……、……これも、ディズニーランドのショーに出たりするのかな。
その場合は……ジゼルと…ロバート? まさかエドワード?
……いやぁ……。

でも、少しひっかかった…まぁ、喉の小骨程度にひっかかったのはラスト、エンディングでの顛末。
ピップとナサニエル、笑えましたねー。
でも、ジゼルに関しては、「へー♪」と思う気持ちと、あぁ、やっぱりそういう社会的成功とか、そっちに価値を置くのね、と思う気持ちと。ないまぜ。複雑。
確かに成功だろうし、単純に幸せになったー!と見えるんだけど、やっぱりどうも、社会的成功=幸せとは単純に思えず、そう思わせてしまう社会的風潮とそう思ってしまう傾向とに何となーく……ぬーん。
なんとも言いがたい。

……って、ラストで考えこみますか(笑)

【出演】
ジゼル : エイミー・アダムス
ロバート : パトリック・デンプシー
エドワード王子 : ジェームズ・マースデン
ナリッサ女王 : スーザン・サランドン
ナサニエル : ティモシー・スポール
ナンシー : イディナ・メンゼル
モーガン : レイチェル・コヴィー
ナサニエル : ティモシー・スポール

「名探偵コナン 戦慄の楽譜(フルスコア)」 監督/山本泰一郎 

確か、結構前にはテレビで何度か見ていたような。
長いですね~、まだテレビでもやって……いるんですよね?
映画と映画の半端な時間を埋めるように観たもので、気が入っていないのです。
ごめんなさい。

もう大人になってしまった身としては、心理描写や動機などずいぶん乱暴というか、粗いけれど、でもその方が子どもに分かりやすいので、(ちょっと大きくなった)子どもが楽しめるアニメだなぁと。
最近、大人向けとしか思えないアニメ作品が多過ぎると思うんですよね。
もう既にずいぶん大人びすぎてしまっている彼らから、これ以上奪わない方がいいと思うんだけど…。
昔なつかしとなってしまったハウス劇場も復活して欲しいもの。
無邪気でいられる時期は限られているのに、なんとなーく公私共に詰め込みすぎじゃなかろうかと思う。
学力がとかではなくて……えーと、意識が?
あぁ、そうか。子どもを育てるっていう意識が、もろに学力に直結しすぎというか。
それ以外が無駄無駄と省きすぎている気がするんですけれど、そこに子どもが育つ大切なものを置いてけぼりにしている気もするんですよねぇ。

閑話休題。
本当は事件後の余韻をもっとスポットを当てて欲しい所だけど、まぁ……娯楽だしなぁ。
でも、大人が見ても最初から最後まで飽きる部分もなく楽しめました。
絵とかも綺麗だし。
前にワンピースを観た時は、所々おかしな顔になっていたりしたしなぁ。
昔から、アニメの映画ってテレビよりもおかしな顔になっていることがあったもんなぁ。

「クローバーフィールド(CLOVERFIELD)/HAKAISHA」 監督/マット・リーヴス 

基本的にネタバレはしない方向で感想を書いてますが、この作品に関しては特にそうですね。
これをネタばらししたらもったいないし、申し訳ない!
あぁ、でもこの映画の場合、それでも好奇心かき立てるのかな?

おっ……面白かったです~!
でも、めちゃくちゃ……恐かった……。
今まで、あくまでストーリーとしてしか描かれてなかったような。集団パニック。
少し前に観た「バンテージ・ポイント」では、ずっとビデオ撮影した彼は、ちょっと今回にかぶるけれど、それもあくまでそうして追っている姿を第三者的に映していたし。
「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」はこんな感じかな?
あそこまで不親切設計ではないけれど(ちゃんと分かるように撮ってくれているし)。

何か大きな恐怖が街を襲って、大きな被害が出るシーンは映画には多々出てくるけれど、ここまで集団パニックをリアルに描いてくれる映画は初めてです。
おかげさまで、想像力の乏しい私でも存分過ぎるほどにその恐怖を味わいました。
普通に映画として観ていれば、その存在が何者かも、今どういう事態が起こっているかも、力持つ人が「英断」を下す所も盛り上がって描かれたりして、第三者としてはらはらドキドキするわけですが……。

今回の映画は、何も分からないままに、何かが起きて、街が酷いありさまになっていく様子をありありと体験し、それに巻き来れた人々の恐怖とパニックをそのままダイレクトに伝えてくる物だから……い、痛かったです。
こうした視点を持って、初めて、他の色々なパニック映画であのシーン、そのシーンで巻き込まれた群集は、こうしたパニックの中で多くの命を落としていったのか……と感じることも出来て。
観終わった後、ドキドキしたなぁと思いつつ、気持ちとしてはもう終わっていた事のはずなのに、帰りの道々にも恐怖の名残がいつまでもいつまでもこびりついていて…、なんの変哲もない夜の町が、映画のシーンとかぶって「これが壊されていったら」、「こうして平和に歩いている人が、自分が、いきなり恐怖に巻き込まれたら……」などなど、リアルに想像に沈み込んでしまうのです。
これが恐怖なのかなぁと思ったりもして。
そうして、事件に巻き込まれる多くの人は何も知らないまま、恐怖を味わって命を落としていくんだ……と思うと、どんよりとしました。
……悪い意味でなく、想像力が広がったという意味で。
……んー、私は巻き込まれて死んでしまう側になるが85%、無事避難できるが15%くらいかな……低ぅ。

印象的だったのはエンディングになっても、皆さん物音一つ立てないまま固まっていた事。
大抵、数人さっと立ち上がって出て行くのにね。
そういう方がようやく動き出したのはエンドロールがスクロールし出して、たっぷり数分たってからでした。
超・余韻。

でも、これ、こうして巻き込まれてる側のビデオという形の映画でしたが、今度はそれを普通の映画としてまた上映しても良さそうな……。
めっちゃ人行くと思う。私も行くわ……恐いけど。
だって……そうでないと、ねぇ?
あ、ちなみにテレビで紹介されていた時も画面酔いに注意など聞いていましたが、私は特になかったです。
車酔いしやすいたちなんですけれどね(船はかなりつよいんだけど)。
でも、心配な人は座席の位置に気をつけたほうがいいかも。
後方寄りで、中心に近く……左右に偏りすぎて首を曲げた見る状態だと、頭痛とかも起こりやすいですしね。


【出演】
マイケル・スタール=デヴィッド マイク・ヴォーゲル オデット・ユーストマン
リジー・キャプラン ジェシカ・ルーカス T・J・ミラー

チョコチャンクビスケット 

チョコチャンクビスケット

これも某カフェのレシピから。
いや、カフェで買ったときから、カロリー高いだろうなぁ……と思っていたんだけど。

作ってみて、初めて分かった、そのカロリー。
バターに生クリームにチョコ(大量)に……お、恐ろしい子!!!
でも、やっぱり流石にうんまいです。
何が嬉しいって、何が楽しいって、掌からはみでそうな大きさ。
この豪快さが、更にうまみアーップ♪

ジャーマンポテトのマフィン(4回目) 

ジャーマンポテトのマフィン

大分、マフィンの作り方が板についてきましたよ。
ということで、今回は違うレシピを使ってみました。
いつもは某カフェのオーナーが出している本を使ってのレシピだけど、今回はネットから。
いやー、何ていうか、結構違うんですね。材料。というか、配合?
今回のレシピだと、生地が大分固めでぱりっと仕上がりました。
でも、私は大抵冷凍して、しばらく朝ごはんで活躍させるから、これくらい固めの方が都合が良いかも。
ジャーマンポテトも初めて作ったけれど、はー。
ウマー!!!
スパイシー大好き人間としては、黒こしょうは生地が真っ黒になるほど入れたくなってしまう衝動。
……我慢よ、ステイ! ステイ!!

人は強いって言うけれど。 

別に生き方がはっきりしているとかではなくて、昔よりも少し周りが見えるようになってきただけ。
前よりも少し頭がすっきりして、ちゃんと整理しながら考えられるようになっただけ。
そうしたら目の前に道があったから、そこを歩いていくだけ。
その取った道の、なんてでこぼこなこと。

思うもののそのままを言えば、人からは眉を寄せられてしまう。
事情を知らぬまま、顔をしかめられてしまう。
だけど、どうすればいいっての。
自分でさえ言葉に出来ない見えないものは。
だから、もう決めたんだもの。
誰がどう言おうが、そう決めたもの。
ふとすると揺れてしまうけれど、肝心の私がそれじゃいけない。
ちゃんと道がつくまでは、はっきり一本通しておかないとね。

強いって言葉は嫌いだけれど。
でも、そのとおりだもの。認めたくないけど。
過ぎる強さは人をつぶす。
相当嫌悪もしたけれど。
だけど、ようやく分かった気もする。
この強さがあるから、ここまで来れた。
決して、これがいいとは言えないけれど。
だけど、つぶれず来れた。戦えた。
乗り切って、その後は、少しずつ、中和できるよう、努力しよう。

「りかさん」 梨木香歩 


「からくりからくさ」の前の話だったんですね。子ども時代。
こっちから読んだ方がとっつきが良かったかなぁ?とも思いましたが、それにしては知らなければあまりにも些細な、伏線がたくさん散らばっていたので、やっぱりこっちが後でよかったかな。
「からくりからくさ」→「りかさん」→「からくりからくさ」の順が面白いかもしれない。
夜の闇が失われて、どれくらい経つのでしょう?
ろうそくの灯りではなく、煌々とした無粋な電気が闇を破り、そこに息づいていた密やかなものまで突き破ってしまった、そんな気がしてなりません。
効率面、衛生面、治安面、様々な視点でいいことばかりに思える発展も、目に見えない形でバランスを崩し、結果として人としてのバランスも崩されているんではないか、むしろ自分自身が崩してしまっているんではないか、と。
漠然とした思いを昔から今に至るまで、時折強く思い起こされるけれど。
こうした本を読むと、なおさらそうした思いが揺り返されてなりません。
明るい光が人の心に息づく情緒すら奪っているのではないかと。
ま、考えすぎているのかもしれませんが、あまりに物にも人にも気持ち(機微)にも無頓着になりすぎているのが現状です。
私もまたその流れの中に身を置いている以上、こうした本や色んな物に触れ、せめて鈍ってしまわないように磨きをかけたいなぁと、ふと思いました。
そんな作品。

「仔羊の巣」 坂木司 


冒頭の一説は、……ついにそっちの道に入ってしまったのかと思いました。

うーん。
この本を読んで、すっかり分からなくなりました。
相変わらず自分の世界を突っ走っているような文だし、それぞれのキャラクターが独立しているかと思いきや、ある瞬間に全て同じ色になってしまいがちだけど。
それから、この人のこの世界はライトノベルで出した方が受けそうだし、売れるんじゃないかしらとか、余計なお世話としかいえないような思いも巡るけれど。
何よりこの作者は、読者が坂木と鳥井の関係を「おいおーい、お前らそっちの道なんじゃないのー?」と言われることを前提にして書いているのだなぁ……とはっきり思えた、というか強いほどにそれを押し出してきたような作品だなぁと。
意味が分からない。
でも、女子中高生の中には、多分割と多い割合でこういう危ない友情関係にキャッキャと嬉しがりそうな子がいると思うから、やっぱりライトノベルのほうが……。
だから、余計なお世話だって?

3冊のうちの2冊目までも読んでしまったし、3冊目も読むべきかしらと思うけれど……。
どうもこの人の本は、抵抗なくするする読める話で、中断してもすぐに読み進められる本だというのに、かといって引っかかりどころもないのがネック。
読んでもいいし読まないでもいいと言っているうちに時が経ちそうな気がします。
結構失礼な話。すんません。

「桃山ビート・トライブ」 天野純希 


人にですね、この本の内容を説明する機会が二度ばかりあったのです。
でも……伝えられないーっ、この面白さを!(悔しい!!)
誰か、教えて下さい。
簡単に短く、溢れんばかりのこの本の面白さを伝える紹介文を!
必死に伝える私を尻目に、友達は「ああ、桃山時代のバンドね」とひと言で結論付けたけれど。

……ああ! バンドね!

……か?

でも彼女は音楽もバンドもかなり詳しいから、その情熱も私よりもずっと通じるのかもしれない。

それにしても、三味線の藤次郎、舞い手のちほ、笛吹きの小平太に、太鼓の弥介。
4人のキャラクターがそれぞれ突き抜けて個性的なこと。
いや、小平太はきわめて無難を突っ走っているのだけど、他の3人の超個性的の中ではかえって際立ったりもして。
ああぁ、小平太。小平太さん。苦労性のあなたに乾杯。
そんな星の下に生まれちゃったあなたに乾杯☆
そして彼らを血液型にあえて当てはめるなら、藤次郎が俺様一直線のB型。
ちほが天才なのか変人なのかのAB型。
弥介は細かい事こだわりマセーンのO型。
そして言うまでもなく、ちまっちまこまい事をこだわる小平太さん、A型。
あぁ、そりゃあなた、苦労性のわけですよ。
あえてそこに身を置いているのでござんすよ、あーた。

さておき、ということで、読んでいてめっぽう面白かったです!
武将が次々と天下を取り合っていく激動の中を、ひたすら自分の音楽を突き進む、そのためなら道義はかっ飛ばす!
といっても、純粋な人たちの集まりだから、突拍子ないことはしても悪事はしないんですけどね。
そんな分かりやすさが次の文へと目を走らせて、その文体もまたそんな彼らの背をびゅんびゅんと追い風吹くような軽やかさ。
あっという間に読んでしまう本でした。
彼らと一緒に走り抜けろ!(きゃー!)



あと、私事ながら面白い偶然もありましたよ。
私は音楽のことも、雅楽の事もまるで疎いけれど、興味ばかりはあるもので。
この本を読んで笛の音だとか、三味線だとか、太鼓だとか、自分の中で轟々と音を立てて鳴りっぱなしで興奮していたのですよ。
その合間に、ふと立ち寄った夜桜見学。
宴の余興なのか、三味線ライブに太鼓の生演奏(多分そういう集まりの宴会だったのでしょうね)に出くわしてしまって、中で鳴りっぱなしだった音楽が現に表れたその夜は、もう……もう、言葉に言い表せない興奮の一夜だったのです。
熱視線を送られた演奏者達は若干ひいていたかもしれない(ごめんなさい)。
そして改めて思ったのは……あー…、この本の中の世界を実際に見たいなぁ、と。
特にラストの怒涛の展開、群衆の中で無我の域で舞うちほとその音楽は、すごく、実際の目と耳と肌で感じたい!
でも映画とかドラマとかアニメとか、そんなもので見たら、かえって崩れそうな怖さもある。
この本の中に入って見られたら最高なのになぁ、なんて。
学生時代以来の思いが、久しぶりにふつふつっと煮えたぎらせた、そんな興奮の一冊でした。

最近、毎日が繰り返しで、少し刺激がほしい……という人には結構オススメ。
でも、心が疲れている人は、かえってあてられてしまうと思うので、not オススメ。

「からくりからくさ」 梨木香歩 


この人の本っていうのは、こういう独特のものが多いなぁ。
決して嫌いな文体ではないけれど、世界観は山や谷のような盛り上がりはないのに、独特な色が強すぎて、好き嫌いがとても分かれそうな気がします。
染物や織物は身近な題材ではないけれど、私にはとてもとっつきやすく、だけどあんまりに論理に走りすぎる部分もあって、そこは適当に読み流しつつ……。
いや、だって、この作者の本は3冊目だけど今までで1番あくが強かったですよ…この本。
おまけに人物相関図…背景相関図?が、途中からどんどん、どんどんと複雑になってきて、途中で放棄しようかと。なんて。
実際、メモを取って整理して読んでいくか、読み流すかの選択をしなければ、私には読み終えられなかっただろうなぁ。
(メモ取りました。メモぐちゃぐちゃになりました。改めて見て、やっぱり複雑っしょ)


ただ今回は、あいかわらずのあのほのぼのとした世界観の中に、女の執念やその顛末が中心としてあった作品(だと思う)だったから、するんと読めて、そして特に考え込みもせず。
幸い……というか、残念ながら?というか、そういう身を焦がすようなすさまじい思いまではしていないのですよ。
鬼と変わり果てるような。
だから、与希子が念の詰まった能の面をつらつらーっと見れてしまったのと、ちょっと似ているかもしれない。
でも、蓉子が人の言葉や具体的な事象よりも前に、思いやその「色」みたいなものを芯において物事を見ているのも、どこか分かるところもある、かな。

あと、作品に出てくる蓉子、与希子、紀久、マーガレットの四人の性格、物の考え方や感性、それから育った環境。
その一つひとつがしっかり描かれていて、それが面白かった。
それがやっぱり一つの視点からに過ぎなかったとしても、結局自分には自分の考え方や環境が中心で、今は特にそれに引っ張られて、なかなか他の考え方に思いを巡らすまで辿りつかないから、こういうところにそのヒントが忍ばせてあると、ただただ感心するばかりです。
それと、いつか「城下町だった所の人は、何ていえばいいんだろう……うーん、本当にプライドが高くって…」というような事を聞いたけれど、それは何だかピンとこなかった。
そんなものなのかなぁ?と。
でも、今回のこの本で紀久の背景にあるのは正に古い城下町だった所の人で。
そして、遠縁とはいえその繋がりである初枝さんの言う、「家(文化)」に対する考え方や身構え方、その物言いは、私からしたら「何じゃそりゃぁ!」というようなものだけど、同時に、いつか聞いたプライド云々に、ようやく「なるほど!」と頷けたのでした。

あとはー……そうだ、雑草をね、食べるシーンが結構そこかしこにあったのですが、あれ、いいなぁ。
昔、学校で昔のご飯を体験しようと、色々な実を取った事があったんですよ。
私は猫じゃらし担当。
もう枯れて茶色くなった、あのふさふさを掌でほぐしてほぐして、小さな実を無数に一生懸命取っても、なかなか集まらなくて。
それからすり鉢に入れて、微妙な力加減ですってすって、なんどもモミの粉塵をふぅっと吹きのけながら、またすって。
それだけ労力をかけても出来たのはほんの一握りの中味。
それをほんの少しの湯で炊いて、塩で味付けして……。
だけど、そうして食べた僅かな一口のそのご飯がおいしかったこと!
絶妙だ!と思いつつ……そこかしこに生えている、名も知らない雑草が生活の手段だった時の事に思いを馳せるのでした。
命って不思議。
時代も不思議。

さておき、この作品と「りかさん」はリンクしているらしいですね。
今度はそっちが読んでみたいなぁ。

ラタトゥイユのマフィン(3回目) 

ラタトウイユのマフィン

マフィン作りも3回目にして、ようやく手順が自分の中に入ってきた感じ。
そして期限切れのものものも徐々に片付いてきた感じ(そっちがメイン……)
でも小麦粉はまだ片付かない……うーん、一番半端ない賞味切れ方なんだけど。
食事系マフィンを立て続けに作ってきたことだし、そろそろデザートマフィンも作ってみたいところだけど、朝ごはん代わりに……と考えると、甘いマフィンでも全然ありのはずなのにどうも食事系をチョイスしてしまう。
食事系マフィンでもほんのりあまいもんなぁ。
ちなみにラタトゥイユは前回の残り物。
一気に片付けっとやした!(一揆って変換はやめて!)

「刀語(カタナガタリ)第一話 絶刀・鉋」 西尾維新 


何年か前からだったか、気づいたらいつの間にかライトノベルの棚に妙な装丁の本が混じり出した。
文庫サイズよりも大きく、ちょっとした箱に入っていながらハードカバーでもなく。
そして、何より目に付いたのは値段が、「たっかいんすけど……」。
箱でちょっと期待しながら中の装丁を見て、この値段は払えないぞ、とまず思ったのだけど。
他の方はどう思っているのかが少し気になるところ。
イラストが目をひくから、少し興味があったのだけどどうしたものだろう……と思ったのが一年前くらいかな。
それからこうして読んでみて、時代小説だけどライトノベルの色が前面に出ているな、と。
大人になった私にはもう物足りなくなってしまったけれど、小中学時代に読んだら夢中でのめりこんだのだろうなぁ。
惜しい。

12ヶ月連続刊行とのことだけど、あー、もう終わっているのかな。
でもこれ、値段も値段だし、学生の懐に一冊この値段はきつくない?
あ、いや今の学生さんはお金持ちって話も聞くな……そうでもないのかな。
でもとりあえず高いんで、学校の図書館さんが買ってあげてください。
是非途中で購入やめるなんてせず(それ拷問ですから)、ちゃんと全冊揃えてあげて下さい。
その際、あのそっけない、そっけなさすぎる、ふとすると「この値段で…なに、この銀一色の表紙…」と呟きたくなる喧嘩腰の装丁に(あ、冗談です)、箱にある綺麗なイラストをペタンと貼っておいてください。
イラストが一番特徴的で手に取るための重要なキーだと思うので。
……これ、本の感想でないか。

「ONE PIECE THE MOVIE エピソード オブ チョッパー+(プラス) 冬に咲く、奇跡の桜」 監督/志水淳児 

……タイトル長いよー……っ。
ワンピースを読んでいたとき、ここらへんの物語で号泣しちゃった覚えがあったんで、泣こう!と思って見に行きましたよ。
と、思ったら、あれ?
ジャンプを立ち読み(ごめんなさい)しているので、今のキャラクターも知っているんですが、この頃にはいなかったロビンやフランキーも出ていてびっくりでした。
そうか、だから「if…」なのか。
(でも、ちょっとキャラクターが多すぎて、物語が煩雑になってしまった気も…)

ふと、改めて感じたのは、漫画とアニメでは見せ方というの少し変わるなぁということ。
例えば「泣く」というひとつにしても、漫画の世界だとある程度こちらの想像力にゆだね、より盛り上がる泣き方を見せる(想像させる)ことが出来るけれど、映像は全てを明らかにしてしまうのね。
前に何かのドキュメンタリーで、漫画家が編集者と捻りあって、とあるシーンでの泣き方を「たらー」と流すのではなく、その涙を堪えて(1コマ)、堪えて(1コマ)、どっと流れるシーンに描き直す、というやりとりがあったのですよ。
そういう風に細かく効果を見せる方もいれば、泣くだけで見せるというどちらかというと大ざっぱに見せる人もいるけれど、速度ある物語の流れに沿って読んでいると、描かれていないその「泣き方」のシーンも無意識のうちにこちらの想像力で補っている。
だけど映像にすると、それをどう見せるかがくっきり表れてしまうから……正直、漫画のワンピースよりも単調になってしまった感じがしました。

つらつら書いたけれども、思ったよりも泣けなくて……ちょっと残念!ていう話(苦笑)
物語やキャラクターに依存しすぎないで、そういう見せ方も欲しかったなぁと思ってしまう。
でも、手当てされたチョッパーがパンを食べるシーンは良かったな。
漫画ほどではなかったけれど、ジーンときましたよ!
そんな作品でした!御免!

「バンテージ・ポイント」 監督/ピート・トラヴィス 

大統領の暗殺事件を巡って、その直前から暗殺、その後のパニックに至るまでを、様々な視点で繰り返し繰り返し、8回観るのです。
それはCMやメディアの紹介であらかじめ知っていたんですが……予想外。
いや、こんなに疲れるものなんですね。
映像も、物語のテンポも、それから音楽・効果音もその暗殺事件に向かって緊張度を高めていくわけで、それを8回も繰り返すと、すごーくくたびれてしまうのです。
中盤からはぐったり…、暴走の車の中で進むままに身をゆだねるという感じでした。
ともあれ、それでも面白かったですよ。
それぞれのキャラが、何故その行動を取ったのか、それによってどういう結果がもたらされたのか、それは他の視点で見たらどういうように移っていたのか……様々なところにスポットが当てられるのが良い。
でも、ストーリーはやっぱり…お国柄かなぁというような。
多分、あのテロ事件に関して、人々の深層に潜む思いは、まだぐちゃぐちゃのままなのかもしれない…それが当事者なのかもしれない、と漠然と思わせました。

でも、まぁ、何にせよ、疲れました。
はー。疲れました。

「ライラの冒険 黄金の羅針盤」 監督/クリス・ワイツ 

ファンタジーだから、まず説明から入りましょうか。
ライラの住む世界は、こちらの世界によく似ているけれども、決定的に違うのは、魂のあり方。
あちらの世界では魂はダイモンと呼ばれる動物の姿を取って、常にそばにいます。
真理計を持たされたライラは、コールター夫人と共に学寮から旅立つも、ゴブラーと呼ばれる組織による子どもの連続誘拐事件を巡る中に巻き込まれていき…そこから誘拐された親友ロジャーを助けに冒険に出るという話。
……んー。ちょっと違う? まぁ、大体そんな感じ。

映像も美しいし、テンポも良い。
何よりライラさんがすごく小生意気一直線で良いね!
あのキャラクターの性格と髪型がすごくマッチしていて、可愛らしい!
あと、コールター夫人が……あの曲線が官能的でドキドキしました。
うらやましいなー。
惜しむらくは、恐らく原作はもっと作りこまれているだろうに、展開がやたらに早すぎないか?と思わせるところ。
原作を読んでいないので確信は出来ないのだけども。
時間内におさめるには削るのは仕方ないかもしれないけれど、あんまりに展開を早めてしまうと、少し冷めてしまう。
それなら映像技術の素晴らしさを見せ付けるよりも、物語に重心を置いてほしいと思うのは最近のファンタジー映画全般に言える傾向かなぁ。
なので、期待通りではありましたが、残念ながら期待を突き抜けるまでには至りませんでした。

全三部作で、一部が向こうの世界の話、二部がこっちの世界の話、三部が向こうとこっちを行ったりきたりする話、とか冒頭に紹介されていました。確か。
それは面白そう、楽しみかも。
だけど、早く……早くしないと成長しちゃうよ、ダコタちゃんが!
ハリー・ポッターも成長しすぎて、ちょっと見るのが辛い……と、思ってしまうので、今回の映画も多分、キャスティングは変えないんじゃないかなーと思うので、お子さまは…うー。時間との勝負だなぁ、と思う。
こればっかりはなぁ。成長は止められないもの。喜ばしいことだもの。

原作はイギリスの作家、フィリップ・プルマンさんが書いたもの。
なんと、1作目が95年、2作が97年、3作が2000年と最近の作品だったんですねー。知らんかった!
一部の団体が「無神論を教えこむもの」と抗議しているらしいけれど、……やー。何ていうか。
宗教って怖いねー。というひと言に尽きる。
私は神は信じているけれども、それと宗教とは別物と分けて考えているので、そうした考え方の持ち主としては、日本って……あー。本当に、大好きだ。と思ってしまう。
八百万の神という概念が、いいじゃない。

【出演】
ライラ・ベラクア : ダコタ・ブルー・リチャーズ
アスリエル卿 : ダニエル・クレイグ
コールター夫人 : ニコール・キッドマン
セラフィナ・ペカーラ(魔女) : エヴァ・グリーン
リー・スコーズビー(飛行船乗り) : サム・エリオット

【原作】 フィリップ・プルマン(英)

「Sweet Rain(スウィートレイン) 死神の精度」 監督/筧昌也 

蒼暗い空に降りしきる雨、黒い傘を差した黒い背広の死神と、黒い犬。
このポスター、すごくいい出来だなぁ……と。
一番、世界観が出ているんじゃないかしら。
……。……原作知らないけど。(すんません)
死神がもうすぐ死ぬ人の査定をして、「実行(死)」か「見送り」か判断を下す話です。(まとめすぎです)
全体を見ての感想としては、物語がちょっと、私には淡白すぎました。
淡い物語も嫌いではないんだけど、映画(映像)として出るならもう少し一工夫がほしいなと思ってしまうところ。
小西さんと富司さんも、ちょっとひとっ飛びすぎて繋がらなくて。
外見でなくて、中味がね、もう少し合間を見せてもらわないとついていけない。
なので、見た感想としては……「ポスターが、イイ!」という所に落ち着いてしまったのでした。
でも、あれ本当にいいなー、ちょっと部屋に飾りたい。
金城さんのファンではないんだけどなー。

ちなみに原作は伊坂幸太郎さん。
この人はまだ読んだ事ないな。
「オーデュボンの祈り」が読みたいんだけど、数年間、後回しにされちゃっている。すんません。
この人の作風はどんな感じなんだろう、淡白なのかしら。

【出演】
金城武 小西真奈美  富司純子

【原作】 伊坂幸太郎「死神の精度(ACCURACY OF DEATH)」

「裏庭」 梨木香歩 


なんだか宮澤賢治みたいだなぁと思います。
世界観が独特で、おとぎ話のように見えて、それにしてはどろっともしている。
賢治よりももっと具体的で、だけど他の本よりもずっと抽象的。
読んでいて思ったのは、人の傷って存外分かっていない事が多くて、それと向き合う、対峙する、しまいこむ、受け入れる、置いてけぼりにする、新たに刻みこむ……色々な形に変化するのだなぁ…と。
これまで生きた中で巡っていた思いを改めて思い起こさせる作品でした。
でも確かに、それがあって初めて自分自身になっていくのかもしれませぬ。

それにしても、「輪廻転生」とか「生の意味」とか、ファンタジーにしてはすごく魂の源というような深い部分を忍ばせてあるような感じがしますね。
テルミィが剣を振り下ろし、それを起こしてしまった、あの、衝動。
それから首の紐……くびったのではないか、という思い、妄想……なんだかすごく分かります。
自分で自分をコントロールできないほどの衝動と、そしてそれによってもたらされる自分の頭の中いっぱい、体中を満たしそうなほどの妄想は…自分で自分が恐くなってしまうようなもので。
ああ、何故こんなにも恐いものが一瞬にして自分を支配してしまうのだろう、と。
それが頭の中、実際は(表面的には)まるきり何も怒っていないように見えるのに、小さな爆発を起こしている内面。
テレビで放映される事件の数々は恐ろしいものばかりだけれど、その中のいくつかには、この爆発がコントロールできなくなった時、こういうことが起きてしまうのだろうか…と、自制するものも確かにあって。
テルミィが、衝動から力尽きた時にわきあがった綾ちゃんへの気持ちは、きっと私はまだ辿りついたことのない、辿りつくかどうかも分からない”本当”の「友達」なのだなと思って、ちょっと辛くなりました。

それと、繰り返し目に付いた「役に立つ」。
子どもは、どうして親に必死にすがりついて、「役に立って」居場所を得ようとするのかなぁ……と。
親元にいる時は無論のこと、離れていてさえ、尚。尚。
自然と、そうしてすがってしまう。
当たり前だよ、と自分でたしなめる部分もあるけれども、何だか歯がゆくなってしまうところが強すぎて。
結局はそこから抜け出せなくて、もういい大人になっているにも関わらずその鎖にもがいている状況があまりに身近にありすぎて、とても痛かったです。
そして、そういう状況と、そうでない状況、そうした違いは確かにあって、決して分かりえる物でもなく、だけど、そういう状況というのは……案外多いものでもあるわけで。
いつかどこかで聞いた「『家庭』はひとつの『小さな宇宙』。家庭の数だけ宇宙が存在する」という言葉。
完全に交じり合うことは決してない、それぞれの物差し、視点、背景、感受性とトラウマ。
そういうことを考えると、今見えるひとつひとつのことも、例えばテレビで知る事件さえも、結局はそれを自分の宇宙の中に取り込んで見えた偏ったひとつに過ぎないんだろうなぁ。
それをいつだって自覚していないと、とことん偏ってしまいそうで怖いなぁ……と。

……1995年の第1回ファンタジー大賞受賞作、だったんですね。
ファンタジーにしてはあんまりに深すぎて、色々物思いにふけった一冊でした。
あ、それと。すごくどうでもいい話だけども、やっぱりゴシック体は読みづらくて苦手。
物語は明朝体がいいなぁ。

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